「大艦巨砲主義」
読んで字のごとくより大きな艦により巨大な大砲を積み込んで戦闘能力を高める考えかたである。
言葉としてはただそれだけの意味しかないが、そこにはなんとなく、前近代的で古い、あるいは短絡的で浅いというニュアンスを含み持って使われる事が多い。
そういうニュアンスをあたえる原因は戦艦大和(あるいは同型艦の武蔵)の負うところが大きいだろう。
この「大鑑巨砲主義」はおバカな日本帝国海軍の専売特許のように考えられがちだが、それは間違いである。その証拠に日本海軍では戦艦の建造としては1938年起工、1942年竣工の戦艦武蔵が最後であるが、米海軍の5万t級戦艦ミズーリは1941年に起工され1944年竣工している。
要するに当時の列強海軍国はこぞって大艦巨砲主義であったのだからしょうがない。
しかし、昭和16年12月。まるで「大和」の完成を待っていたかのように始まった太平洋戦争において皮肉なことに日本海軍は自らのハワイ真珠湾攻撃で戦艦の時代に幕を降ろしてしまうこととなった。
攻撃の中心は航空母艦および航空機へと変わってしまった。(つづく)